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2007年09月07日

「地デジ」は買うな

テレビが終了する。

2011年には、公共のテレビ放送において地上波デジタルに完全に移行し、アナログテレビは見られなくなる。

しかし、今のテレビはかつてよりも価値がなくなっている。

●面白くない番組(面白く有意義なコンテンツの不在)
●報道による世論誘導の危険
●ネットによる情報産業の成長
●災害時の情報はラジオなどのほうが優位に立つ
●光ファイバ網の低価格化による普及で電波を使う放送の価値が下がっている

加えて、地上波デジタルテレビ放送を受信する機器とのその周辺の問題。

●コンバータ、大画面テレビ、ハイビジョン化などによる、機器の高価格化
●個人情報の管理などの不整備による個人情報漏洩の危険の増大
●B-CASカードの管理会社(民間会社)の不透明な運営に対する批判の高まり

などなど、現在の「地デジ」にはツッコミどころが多すぎる。ネットでうるさい連中が騒いでいる、というような問題ではない、というレベルにまで、これらの不満が高まっている。

やがて電波を使う放送は、災害時の通報のみのためのインフラになる可能性が高い。人々が求めている「最後のエンターティンメント」は、「個人対個人」以外にはありえないからだ。

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既に「注目される人」はどこでも「批判に晒される人」でもある、そういう世の中なのだ。インタラクティブ(会話的)、説明責任、ということばが、これまで近寄り難かった人を引きずりおろし、「カリスマ」という言葉の価値を相対的に、そして、急激に下げている。

グローバリスムの象徴とされたインターネットは、実はローカリズムや、自分の身近なものをより大きく大切に見せ、マスコミの持つ力を地に落とす「刺客」であった、と、今頃気がついた人も多いのではないだろうか?

既に「ニュース」は、マスコミが語るものばかりではなく、ネット上にあるBLOGや掲示板と、並立されるものとしてしまった。

「マスコミは信用ならない」ということばが、どこでも重みを持って多く語られ、やがてオピニオンや思想、ライフスタイルの提案元としては、テレビそのものも省みられなくなる。これがネットの時代だ。

ネットに動画。ネットにハイビジョン。ネットに音声。ネットに音楽。ネットにニュース。ネットに友達の笑顔。ネットに自分の言いたいことが発信できる場所。ネットに人の言うことを見ることができる場所。ネットでは隠されたものを表にさらけ出す。

ネットを使う時間のほうが、テレビや新聞を見る時間よりも多いのは、既に都市生活者の当たり前なライフスタイルになりつつある。相対的に、テレビを見る人は減った。新聞も減った。

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思えば、ネットを最初に持ってきたぼくらは、こういう「多様なものが多様なままに」表現され、そして受け入れられる世の中を目指していたのだった。今日あるネットの時代を作り出すために、ぼくは毎日コードとにらめっこをして、バグ取りをしていた。少なくとも、自分にはそういう意識と目的があった。

しかし、そうは言うものの、こんなに早く、こういう世の中が来るとは考えてもいなかった。50年はかかるんじゃないか?と思っていた。しかし、この変化は20年で来た。

「コンピュータ」と「コミュニケーション」、そしてインターネットの底に流れる思想や哲学を理解しない人を「コスト」でひきつけ、ぼくらはその人たちを騙して、それを広めたのかも知れない。そう、「意図せずに」、と言っておこう。

投稿者 nori-m : 2007年09月07日 10:20

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