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2007年03月06日
「人間性」の問題

オーマイニュースの内部メールが、あて先を間違えた誤配信で、流出している。たしかに、これはオーマイニュース内部の問題として、ちゃんと考えるべきだろう。
それはたしかに問題なのだが、これを見つけた、誤配送された相手が、このメールを「晒しあげる」という暴挙をしている。
オーマイニュース内部の問題はもちろん問題ではあるが、相手の間違いを見つけてはそれを大きく晒す、というこの行為は、人間としては最低の行為だろう。
冷たいようだが、ビジネスの世界では企業であるオーマイニュースが未熟であろうがなんだろうが、そんなことは外野にとってどうでもいい。つぶれるときはつぶれるのだ。外野がとやかく言うことではなく、あくまで内部の人間の努力によって、会社の体制、やりかたができていき、その努力の甲斐がなく、企業がつぶれる、なんてことは日常茶飯事だ。事業が成功するにしろ、失敗するにしろ、その過程では、「間違い」なんてものはいくらでも出てくるに違いない。神ならぬ人間のやることなのだから。
しかし、それは外野にとってはあくまで「他人事」である。
その「他人事」の過失を、外野があえてあげつらって「だからダメなんだ」のようなことを大きな声で言うのは、まともに事業をやっている人間に対して、大変に失礼で、かつ、余計な行為だろう。
前にも書いたが「粘着くん」たちがなぜ出てくるかといえば、要するにオーマイニュースそのものの存在が気に食わないから、そこにアクセスをさせないために、たとえて言えば住宅などの不法占拠などのように、いやらしく居座って、自らの存在を誇示している、ということなのだろう。
その「粘着くん」の一人に、不幸にもそのメールが「誤配送」された。
彼らの意図は(とりあえず効果としては一緒になるから、誰も彼も十羽一からげにするけど)は、要するにオーマイニュースへの記事の投稿に威嚇をし、記事を投稿させないようにし、アクセスを減らす、ということだ。その証拠に、通常であればこういう「情報漏洩問題」は、すぐにオーマイニュースに通報する、ということから事を始めるところを、まず「晒す」という行為から、始める。
オーマイニュースが日本にできるとき、さまざまな企業や団体から、さまざまなアプローチがあり、また不義理も多かったことだろうと想像する。ぼくは現場にいなかったから、詳細はよくわからない。又聞きの話を、後で聞いただけだ。
その表に出ている行為だけではなく、その行為の深層を流れる問題は、どうやら個人の怨念とか、リベラルな意見に対しての敵対行為などが複雑にからみあっているらしい、ということはよくわかる。また、あちこちでよく聞く話でもある。なにせ、お金としても「億」の単位のお金が絡む話でもあるのだ。
そうでなければ、赤の他人の事業に、これほどまでに悪意をぶつけることなどは、まず考えられない。
嫉妬とか怨念。政治的な力関係。そしてリアルな「カネ」。これらが複雑にオーマイニュースの事業にからみあっている。オーマイニュース周辺は、そういう渦の中の人たちがうようよと出ては消える。すべてを表に晒すのであれば、この「深層」をも表に晒すことは、市民に開かれたまともなニュースサイトとして、どこかでオーマイニュース社自身がやっておくべき必要なことではないか?と、私は思うのだが。
しかし、オーマイニュースの成立過程にいろいろとトラブルの元になるようなことがらがあったにせよ、なかったにせよ、そんなことはどうでもいい。私にとっては、それは事業としては全くの他人事だから。そんなことよりも、それがリベラルであれ、なんであれ、「価値のあるニュース」が多く投稿されるサイトとして、オーマイニュースが認知されることや、そこに自分の記事を投稿して載るかどうか、ということのほうが、はるかに大事なことだ。
人の噂話で踊る徒労はしたくない。相手をつぶすためなら、という怨念に凝り固まった、人間として最低の行為でもなんでもする、という「粘着くん」と同じレベルで記事を書きたくはない。
投稿者 nori-m : 2007年03月06日 07:38