« 「最先端」の大間違い | メイン | ご登場! »

2005年03月24日

高校での乱射事件

PICT9206.jpg


米国の話だ。ミネソタ州レッドレーク高校で高校生が銃を乱射。5人が死亡し、7人が負傷した。多くの生徒、教師を殺した。1999年4月、コロラド州のコロンバイン高校で、同じような高校生による乱射事件が起こった。このときの死者は本人たちを含め13人。いずれも、犯人である高校生は、「笑いを浮かべながら」射殺を「楽しんで」いた、という。

また、どちらの犯人たちも、ナチスを礼賛するサイトへ頻繁に出入りしていた、という。

自己とその家族を守るため、という大義名分のもと、簡単に銃が手に入る社会は問題だ。しかし、日本でも同じことがなかっただろうか?銃が高校生の手に簡単に入ることがない日本では、銃以外の方法が使われただけ、とは言えないだろうか?

「酒鬼薔薇」の事件、池田小学校の事件。まだまだあるじゃないか。高校生地震が起こした事件ではなくとも、同じようなことが、日本にもある。

こんな事件を見聞きすると、医療だとか、バイオだとか、そういう仕事の意味が全く失われる、と感じてしまう。でも、そういう社会に、ぼくらは住んでいて、その方向に向かって、まだまだ突っ走っているこの社会のありようが、なんとも言えない無力感を、ぼくらに与える。

なにかできることはないものか? まじめに、正面から考えなければならないときが、やはり来ているように、ぼくは感じている。

投稿者 nori-m : 2005年03月24日 19:19

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.mita.minato.tokyo.jp/mt-tb.cgi/89

コメント