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2005年02月12日

神は人が創った

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バイオの仕事をしていると、米国などのキリスト教ファンダメンタリストたちの多い土地で、「人間を作るとは神をも恐れぬ所業だ」みたいな宗教的メッセージをよく聞く。

より柔らかな言い方では「人間の尊厳」とか言うわけだが、これまでの歴史で、再生もできないこの人間というものを、十字軍このかた、その数も数えられないくらい大量に殺してきて、いまさら「生の尊厳が云々」なんて、チャンチャラおかしい。人間を再生させる技術を得るほうが、まだナンボかマシだろ?。

人間は誰が創ったか?それは「神が創った」という。しかし、神は誰が創ったか?それは人間が心の中に創ったものじゃないか。であれば、神もまたその時代とともに解釈やかたち、人間がそれをどう見るか、ということも変わってきた。そういうものだ。

神のいない宗教と言われる仏教でさえ、「生」の解釈「死」の解釈は、時代とともに移ろい行くものだった。

いま、バイオの世界では、やがて人間の臓器の一部はできそうな気配だ。皮膚や腎臓の開発はもっとも近い距離にある、と言われている。そういうものができたとき、また宗教も変わっていかざるを得ないだろう。人間の尊厳というものもまた、変わっていくだろう。

人間にはしてはならないことがある、という。しかし、人間の歴史はその「してはならないこと」を、ひとつひとつ、その意志を持って、できることに変えてきた歴史ではなかったか?

空を飛ぶこと然り、宇宙に行くこと然り、自分の気に食わないやつを大量に殺すこと然り。そして、その都度、神の解釈とか「生とはなにか」とか、宗教とは何か、ってことは人間によって勝手に作り直され、バージョンアップされてきたわけだよね。

世に普遍なものはなく、変化していくものばかりだ。考え方も変われば、人も変わっていく。もし、科学の力が人を作ることができるところまで到達したとき、神はどのように変わるだろうか?

ぼくには、そういう世界が来る、ということよりも、そういう世界になったとき、人がどのように自らを変えていくのか?あるいは、変えていかざるを得ないのか、ということに興味がある。そこのことを想像すると面白くて、わくわくする。

そろそろ、世にある宗教も、神も、賞味期限が切れかかっているから、Updateコマンドでバージョンアップしたらどうかい?いや、そんなに簡単なものじゃない、ってことはわかってるんだけど、さ。

投稿者 nori-m : 2005年02月12日 21:20

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コメント

私は鳥の写真が好きなんです。なぜだか自分にもわかりません。アメリカの写真家のを2枚購入したことがあります。

投稿者 めぎや : 2005年02月13日 01:08

いつもコメントありがとうございます。
最近、デジタル一眼レフはじめ、デジカメに凝っておりまして、鳥の写真を撮ることが多いです。これは白金の自然教育園に来ていたムクドリです。

投稿者 nori-m : 2005年02月13日 08:01