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2005年02月24日
「きれいごと」の世界(ふたたび「貞子ちゃん」に関することから)

先々週から先週にかけて、「貞子ちゃんの連れ連れ日記」とのやりとりがあって、私が自分で行ったトラックバックを消された話をしました。あれから1週間とちょっとたっているのだけれども、いま、あらためてそのときのコメント等を読み返してみて、このblogの仕組みなどについて、やはりちゃんと言っておかなければならないことがある、ということを感じています。そこで、今回は「あれから1週間」、自分が感じていることを書きます。
同じ日本で同じ場所の空気を吸っていても、違う立場の人って、のがいつもいます。仕事上のお付き合いと言う意味でも、遊びのお付き合いという意味でも。そして、立場が違えば語ることばも違う。価値観も違う。いま、日本人は共通のアイデンティティが、ない、というけれども、これだけ多様化した世の中には、そんなもの、どこにもないのじゃないでしょうか?
結局、人と人を、つなげるものは、特にネットという空間では「ことば」でしかありません。「ことば」の裏に隠れているものをなんとなく想像せよ、といっても、同じ環境、同じ立場にない人は、それを想像することさえできない。
だから、あのとき、ぼくは「貞子ちゃん」に、自分がわからないことについて、質問をしても、その答えが一切返ってこない、ということが不思議でならなかった。「善意」と「貞子ちゃん」は言うのだけれども、なにが善意なのか、わからない。だから「貞子ちゃん」の言うところの「善意」について、ちゃんとことばでの解説を求めたのだけれど、それの答えもまるで返ってこない。普通はこんなこと、ありえないことです。ネット上では、普通は「なんと不誠実な態度だ」ということになってしまう。だって、ことばで聞いたことに、ことばで答えないのだから。
すべてはことばにして表現しなければ、そこに存在しません。それが地域社会とも、また、仕事上のつながりという社会とも違う、ネットという空間の、唯一のお約束なんだと思います。だから、ことばにしてすべて表現し、論理を尽くす。これがネットでの議論の正当なマナーというものだと思います。
そのマナーはなぜできたか、というと、やはり、さまざまな地域の人たち、さまざまな立場の人たち、同じ情報を共有していない人たちどうしがつながることがある、というこの空間の性質によるものだと思うのです。みんな同じ仲間だよね!みんな同じことを同じように感じているよね!というところがもともと否定されている場所なんですよね。
また、「貞子ちゃん」は「技術者とか研究者にはお金で報いなければならない」と言っていましたが、それは大変ありがたい話だと思うし、お金はもちろんあったほうがいい。けれども、一方で違和感も禁じえないところもあるのです。前にも書いた通り、「お金」という価値観を絶対化するのではなくて「相対化」して「充実した人生の時間」を得られる立場にいる「技術者」とか「研究者」は、お金に無頓着なことが、勲章みたいになっていることもあるんですよね。そういう価値観がきっと「貞子ちゃん」は想像できない。もちろん、それを感じる立場にもいないし、「貞子ちゃん」の周りの人は、そういう「現代と相容れない価値観」そのものが、おそらく肌で理解できない。
一方で、いま、始まっていることは、ぼくには「資本主義の本当の崩壊」である、と感じています。資本というもの、お金というものが、原則とか原理というレベルで崩壊をはじめているように見えるのですね。それも行き着くところまで行ってしまって。この後、いったいどんな社会が来るのか、は、ぼくにもわかりませんけれど、このように資本主義が「行き着くところまで行った」要因の1つに、世界中をとりまくコンピュータと、インターネットを含めたデータ通信網の短い間での、劇的な発達があったと思います。
地域情報格差を使って行われていた商売は、「アッ」という間もなく、崩壊しました。商社とか、証券会社などのやっていた仕事ですよね。たしかに、ぼく達はそういう社会を目指して、ネットというものを作ってきたんです。
そして、多くの資本主義を成り立たせていた「人間」「地域」「情報」などの「格差」を、極限まで減らしたんですよね。あるいは、減らす方向にすごいスピードで向かっていくように仕向けた。実際、みんなそっちの方向に走って行かざるを得ないでしょう?
なぜこういうことが起こるのかと言うと、資本主義のもとになっている価値である「お金」というものが、結局は、暴力(軍事力)などの国家権威、あるいは企業の信用をベースとした「数字」という情報に過ぎないものだからです。これはいまや一瞬にして世界中移動可能なものになりました。そしてそのお金をつぎ込む先の情報も、そこから得られる利益の情報も、すべて「情報」であり、これも一瞬にして、多くの人が知ることができる。情報の平等化はお金の平等化につながる。均質化されてエントロピーの高くなった「情報」は、もう「情報」と呼べるほどの価値はなくなる。だから、情報の集中をメシのタネにしてきた証券会社という業種はだんだんいらなくなってくるんだよね。
企業は自分で社債を発行して、マーケットではなく、自社で資金調達をする。それが、ネットでできる。売るほうも、買うほうも。これがぼく達ネット系の技術者が社会の裏側でこつこつと積み上げてきた、新しい社会像なんですよ。
だから、ぼくは「ネットは資本主義社会に投じられた触媒」と表現しました。
この触媒が既に投じられ、効果を表してきました。それが、今という時点なのだと思います。
そして、blogはその価値ある「情報」の価値のベースになっていたものをも、侵食しはじめました。つまり、「地域」「立場」などのスケールだけではなく、最後に残った情報格差である「秘密にしていること」という情報格差を、blogは暴いて行きます。つまり、情報格差を価値創造の源としていたすべての「情報産業」を、いま、blogのような「個人の持つマスコミ」が崩していっている。人間社会をこれまで支えてきた「かすがい」にあたるものは、簡単に言えば「情報格差」です。その「秩序」の源が、いま壊れはじめているように思うのです。簡単に言えば、昔は社長しか知らなかった情報を、社員も持っている。ときには社長以上の情報を、社員が持っている。そういうことがどこにでもある、と言う世の中なんですね。気がついたら、一社員の持つ情報が、会社の役職の持つ情報よりも質がよかったり、あるいは、それが会社をつぶしたりする。そういう世の中なんですね。
既に米国ではbloggerが巨大マスコミのニュースキャスターを降板させる、政治家の隠れた失言を暴く、内部告発で、会社をつぶす、などの動きが活発になってきています。企業から見れば、blogは、個人という「産業スパイ」の集まりが情報交換をしている「集い」のようにも見えてしまうでしょう。実際、そういう働きをしているといってよいと思います。そして、そこに集う人たちが、そういうことを考えているかどうか、ということとは、全く別の問題なんですけれど、結果として、そうなっている。
これまで人間の手にした道具のうち、ネットという道具ほど、人間社会に短い間に浸透して、人間社会の秩序を揺るがしたものは、他にはないのではないかな?実に強力きわまりない「情報の道具」だったわけだけれど、その強力さに目がくらんで、その導入の効果や、社会がどのような方向に向かうか、まであまりみんな考えていなかったよね。ぼく?ぼくはわかっていてやった、ってところがもう20年ほど前からあったけれど、まさかここまでうまくいくとは思っていなかったな。いや、ぼくだけじゃなくて、ネットを作ってきた人たちのほとんどが、今までの古い社会秩序の崩壊を予感して、この仕事をやっていたとぼくは確信する。日本人にはほとんどいなかったけれど。
そういう目で見ると、今回の「ニッポン放送対ライブドア」の騒ぎは、そういった世の中の変わり目のひとつの風景、というように見えるよね。世界から見れば、遅きに失した、というところもありますな。この勝負、ライブドアが勝つにしろ、ニッポン放送が勝つにしろ、世界的に見れば「コップの中の嵐」でしょう。
目の前のこの小さな事象は、要するにネットが人間社会になにをもたらしたか、という大きな流れの中で起こった「ある事件」のうちの1つでしかないよね。注目するほどのことはない。暇つぶしに見ているぶんには、良いのですが、これだけ見ていると、大きな時代の流れを見失うのではないかな?ぼくはそう思うのだけれども。
結局、日本と言う国を「同じことを考えている人の集まりの1つ」としていたものが、ネットなどの道具の登場で崩れちゃったんだね。だから、ことばによる「説明」って、本当に大事なことになったんだね。ちまちました小さな世界に身をおいて、そこで感じたことを面白く書く、なんてレベルのことじゃなく、「説明をする」「説得をする」ってことにある意味命をかけるくらいの覚悟が、やはりblogなんかには必要なんじゃないかな?
きっと、それが「貞子ちゃん」というブロガーに欠けているものなんだろうね。いや、「幸せです、わたし」なんて言ってる時点で、それには気がついていたんだけれども。
ネットに古くからかかわってきたネットの技術者の本音。それって、こういう面もあるんだよ。単に面白がっていただけじゃない。いや、技術を面白がっていただけじゃない。自分の手にしている技術が世の中を変える、っていう面白さを、そのときに感じたんだよ。まだ世の中のひとのほとんどがそれに気がついていないときに。
裏に隠れているものをすべて「ことばにする」って、こういうことなんだけれどね。
投稿者 nori-m : 2005年02月24日 10:59