« ただ電:スカイプ | メイン | 懐かしいというかなんというか »

2005年02月23日

技術者の意識と非技術者の意識

PICT8714.jpg

どうもさ、技術者と言う仕事をしていると、金融関連とか、営業とか、あるいは経営を仕事としている人たちとの違和感ってのが、いつもぬぐいきれなく、あるように思うんだよね。この「違和感」の元はいったいなんなんだろう?

技術者の仕事は、いくらでも取替えがきく、みたいな仕事もあれば、そうでない仕事もある。技術者が偉そうなことを言って、みたいな目で見られることはもちろんある。腕一本で生きている、という感じを技術者は持っているから、別にこちらに「価値」があれば、経営者も金貸しも、すべてこちらを向く、みたいな意識が抜きがたくあるね。だから、違う価値観で生きている人間にとっては、技術者という人種は傲慢に見えることもあるんじゃないかな?

だから、別に誰にへつらうでもなく、自分のやりたいことができればどこにでも行くよ、みたいな感じがある。これを「企業に対する忠誠心がない」みたいないわれ方をしたこともあるな。技術があれば、日本から出て行くことだって可能だから、「日本なんて国はどうなってもいいんじゃないの」みたいな気持ちもどこかにある。これが技術者というものなんだよね。日本が没落すれば、日本以外のところで、仕事すればいいじゃん!みたいな。

だから、青色LEDの中村修二氏とか、ノーベル賞の田中さんとか、そういう人たちって、すごく身近に感じる。ああいう生き方っていいな、と思う。お金だけじゃないところで、人に認められる仕事をコツコツとしていて、できればちょっとお金も増えればいいな、みたいな。田中氏の場合は、並み居る「研究者」と称する学者先生を差し置いての「ノーベル賞」だから、なおさらだね。周りにいた「先生」と称する方々は口には出さなくても「なんで博士号も持たないあいつがノーベル賞とって、おれが取れないんだ!」と、世界中で不満たらたらのはずだね。でも、それを口に出して言えばそれこそ自分の「名誉」にかかわるから、そんなこと、口が裂けても言わないけれどね。ほとんどの「先生」は。

名誉がほしいのでもなく、身分不相応なお金がほしいのでもない。ただ充実した自分の仕事ができるかどうか?そして、その充実した仕事の結果として、多くの人が喜んでくれる結果が出るかどうか?技術を仕事とする人間のメンタリティは、多くはそういうものだよ。

日本と言う国は、そして米国という国も「仕事のモチベーション」として、「お金」を考えていることが今も多い。事業をしている人、営業をしている人はそれでも良いかもしれない。お金はとてもわかりやすい価値だ。大学の先生方にしても「名誉」がある。これもお金そのものではないけれど、ある意味とてもわかりやすい価値だ。でも、技術者が持っている「仕事の充実」という価値は、この2つの価値に比べて、あまりにも、軽視されすぎてきたんじゃないかな?

会社を助けるため、とか、国をなんとかするため、あるいは家族をなんとかするため、という大義名分が仕事のモチベーションになるのは、技術者の場合は、やはり人間としての衰えを感じる40歳を過ぎた頃からだろうね。それまでの技術者は、そういうモチベーションを目の前に持ってきても、多くの場合は、あまり心動かない。そのことを、技術者を「使っている」と思っている人たちは、まるでわからないんだな。違う価値を目の前に持っていく、というその行為が技術者にバカにされていることさえ、感じられない。

でも、いま、日本も世界も本当に必要とされている「労働というものの価値」って、実はそういうものなんじゃないかな?お金をモチベーションにしたり、名誉をモチベーションにしている限り、見えてこないものがあるよ。そんな、今まで見えてこなかった「労働の本当の価値」が、実はみんな見え初めているんじゃないかしら?いや、まだ見えないかな?

でも技術者は見えてる。労働というものが、自分に人間として生きる喜びを与えているその瞬間を生きているのだから。お金、名誉。それは大切だよ。でも、その程度のものだよね。どんな金持ちになったところで、生きて死ぬまでは簡単に言えば「暇つぶし」じゃないか。そういう人生観に立てば、その時間をいかに充実してすごすか、ということこそが本当に大切なことだ。そのための「お金」だったり「名誉」だったんじゃないかな?技術で身を立てている人間は、実はそのことをよく知っている。

技術者は自分が生きた、という充実した時間を、まさに生きている。そして、お金はそれについてくる、と言う程度のものだ、と思っている。

ロマンチスト?いや、そうじゃない。本当は世の中にはロマンがあふれているものなんだよ。でも、多くの人はそれに気がつかない。こういう仕事をして、充実したときをすごしている人間だけが、そのことをよくわかっている。この価値観を人生最高の宝と言わずして、なんと言おうか?お金だけじゃない、エセ新興宗教でもない、本物の充実した時を、技術者は過ごし、人生を終わる。少なくとも、その理想を知っている。

投稿者 nori-m : 2005年02月23日 18:32

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.mita.minato.tokyo.jp/mt-tb.cgi/44

コメント