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2005年02月16日
「ゲーム脳」ふたたびのふたたび

寝屋川の小学校内殺人事件で、またゲームに狂った17歳の少年がその犯罪を起こした、というテレビの、相も変らぬ「紋切り型」の論調が幅をきかせている。そのさい、必ず使われる単語が「ゲーム脳」だ。
私のこのblogの元である、共同通信社のコラムでは、その最初にこの「ゲーム脳」という単語をとりあげた。全く、また同じことをやっているのかね、というのが、正直なところだ。
その17歳の少年が起こした犯罪は重大だ。しかし、ゲームがその原因であれば、もっともっと、同種の犯罪は多くなければいけないのだが、実は犯罪件数はそんなに多くない。少年の犯罪、と言うことで言えば、最近は増加傾向、という程度のものだが、それだって、ここのサイトで数字で実証されている通り、まだまだ少ない、といってよいのだ。
実際のところ、コンピュータゲームと殺人などの犯罪をまじめに追及した人たちは、前回の私のコラムで紹介した殺人学を提唱した人たちだけといってもよい。このグループの実証的な研究とそのベトナム戦争の成果から見れば、日本で「ゲーム脳」という単語をアルバイトの印税稼ぎに使っているかのような森昭雄教授の成果なんて、はっきり言ってどうでもいい、というくらいのものだ。実際、この先生の言っていることは、科学的根拠に乏しい、ということが既に学会では既知の事実になっている。実はこの先生、論文を米国の「New Scientist」誌に送ったが査読の段階で「結論にいたる過程が科学的根拠に乏しい」として掲載を断られている。
マスコミ企業にとってはニュースは商品である。商品を売らなければ、マスコミ企業は成り立たない。そこで、なにも知識がない人にも安易でわかりやすい、一言で言える「単語」とか「絵」を探し、それを番組や記事に使い、印象的になるように、情報を操作する。一言で言えば、そういう「報道」を私たちは「読まされている」ということ。そういうことなのだ。
今回の小学校での殺人事件も「その深層に迫る」と言いつつ、自らが多くの問題を含んでいることに無自覚なマスコミが多いのは、相変わらずだ。今回もこの安易でわかりやすく見える「ゲーム脳」という単語を使いまくるのだろう。報道を糧とする人間が、人の生死にかかわる報道を、安易な単語をちりばめた安易な文言で、結果として不正確な内容で、流してしまう。
しかし、科学者とは言えないお粗末な実験を通して「ゲーム脳」という単語をひねくりだし、まっとうな論文としては価値のないものをNHK出版で本として出した、という森昭雄日大教授は、やはり科学者として、というよりも、商売人として、たいへんに尊敬していい人じゃないかね?良い営業マンっていうのは「壊れたコップを売る」人のことだそうだから、営業マンとしては一流と言えるよね(←皮肉だけどね。念のため)。まったく、どこかの会社のセールスマンであればトップセールスマンになれて、しがない私大の大学教授どころではない給料がもらえたのだろうに、大学教授にしておくのがもったいない。
ただし、森教授の論文の内容がどうであろうと、また「ゲーム脳」と言う単語があろうとなかろうと、子を持つ親としての実感から言えば、「ゲーム漬け」が、子供に良いはずはない。それは感じる。そして、今回の寝屋川の小学校内殺人事件と、ゲームを結びつけることは、なにも森教授や「ゲーム脳」という単語にご登場いただかなくても、前記の「殺人学」の範疇で、ちゃんと科学的な根拠を示して、できることだ。
安易なマスコミの受け売り的な安易な理解と報道だけでは不足、ということだ。
情報化時代、ぼくたちは、「ある単語を知ること」と「理解していること」を混同していることって、あるのではないかな?
そしてこの「単語でわかったつもりになる大人」と、「ゲームで条件反射する子供」って、どこか似てないか?
「なにも自分で考えない」という一点において。
投稿者 nori-m : 2005年02月16日 09:55