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2005年02月14日
「貞子ちゃん」「貞ちゃん」に消されたトラックバック

「貞子ちゃんの連れ連れ日記」にこれまでしたすべてのトラックバックを消されてしまいました。ぼくは、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」の書いているものに、反論をしたのですね。SPAMをしたとか言うのであればともかく、まともな反論をしたつもりだったのだけれど、突然予告もなく消されました。
blogの機能としてはもちろんこういう機能はあるのだけれど、自分の気に食わない意見を消すためじゃなくて、本当は要らない広告をコメントに入れてくるSPAMの消去とか、そういう場合に使うものですよね。少なくとも、ぼくはそういうつもりでいたのだけれど、「貞ちゃん」「貞子ちゃん」は、この機能を別の目的で使ったみたいです。
おまけに「貞子ちゃん」「貞ちゃん」は、「今後は当分トラックバックをご遠慮ください」と、私の掲示板に書きました。なぜでしょうか?SPAMなどの、とんでもないアホを私がやったわけではなく、私は私のことばで「貞子ちゃん」「貞ちゃん」に反論をしただけだったのに、私にはとても意外な反応でした。自分はこういうことはしない、と、自分で自分を戒めているからです。ネット上の自由な議論、というものは、そういうものでなければいけない、と、思っているからです。
だから、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」が「今後は私にトラックバックしないでください」という、メッセージを私のblogの掲示板に残して行かれましたけれど、それもまた、残しておくことにしました。私にとっては不快ですけれど、これもまた、残しておくべきと思ったからです。
おそらく、私の書いたことに「カチン」ときて、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」は一定以上の不快感を感じて、思わず感情的にそうしたのでしょう。人を不快にさせるのは私の本意ではありませんが、気持ちよくさせるだけでは、やはり真実というものが見えてこないものである以上、本当は「不快な意見」もまた、意見として残しておいて欲しかったです。私がそうしているように。意外と、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」は人間的なキャパシティが小さい人なんでしょうか?もしかして?いや、そういうことはないと思いますけれど。
まさか、ネット上の「貞ちゃん」「貞ちゃん」は、女性でも主婦でもなく、日本の個人投資家を煽っていく役目を持って、「バカでちょっとインテリな地方の一主婦」を演じて、投資家を騙しているのかな?という疑いも出てきます。まさか、とは思うのですが、メールアドレスも公開せず、コメントも拒否し、トラックバックも自分の意に沿わなければ消してしまう、というこのやり方を見れば、その疑いも拭いきれません。いや、そういうことはないとは思います。私はだまされても、人はだましたくない。貞ちゃんもまた、そういう人であってほしいです。
20数年前からインターネットというものを仕事にしてきた私は、すくなくとも、そういうことがあってはいけない、自分が不快と思えるものも受け入れていこう、という前向きな意志を持って、こういう仕組みの普及を考えました。それが、世の中から戦争をなくす道の1つじゃないか、と思ったからです。それがITの一技術者として真実に至る道ではないか、と、思ったからです。
「検閲」は「事実を事実として伝えない」わけですから、きっとライブドアの堀江氏もまた、「そんなマスコミであってはいけない」と言っていることからすると、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」のしたことは、彼が絶賛する堀江氏の考えとは正反対のことをしている、ということでよいのでしょうか?まさか、そんなことはないと私は断言しましょう。
どんなことばを使っていようと、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」のしたことは、「自分の気に食わないやつはくるな」ということですよね。それは、貞ちゃんが一番いやがっていた、他人の意見に耳を貸さず、自分の言いたいことだけ主張する、という「日本的なムラ社会」そのものを彷彿とさせる行為です。少なくとも、私にはそう見えます。貞ちゃんがいちばんいやがっていた、団塊の世代の人たちがよくやっていることです。
そして、「貞子ちゃん」「貞ちゃん」「貞子ちゃんの連れ連れ日記」をキーワードにして今後Googleを使う人は、私のblogにもまた、その名前があることを見て、みんなこの記事を読むようになるのですよ?そして、ネットって、そういうものなんですよね。そこまで考えていないみたいですけれど。「貞子ちゃん」は。
ここのトラックバックはいつでもできるようにあけてあります。コメントも、自分のメールアドレスやホームページのURLを隠して投稿することもできます。悪意のある人はやり放題でしょう。本当に根拠のない悪意しかない意見は即座に消しますけれど、ちゃんと理を尽くした意見であれば、私はそれをここに残し、私もまたそれにコメントするでしょう。反論があればしますし、時間のある限り、議論を尽くしたい。内容がごもっとも、という内容で、私が謝らなければならない場面があれば、私も謝るでしょう。
そして、自分が気に食わないからという理由で、善意を装って、他人のまともなコメントやトラックバックを消すことは、やはり戒めようと思います。少なくとも、それが本当に「善意から」であったとしても、それを偽善と取られないようには気をつけることでしょう。
「貞ちゃん」「貞子ちゃん」がどういう考えであれ、それが私にとってのネットであり、blogです。私の意見が伝わればそれでよし、伝わらないときは、それまで、ということもまたあるでしょうね。でも、理解しあう努力は続けていかなければなりません。そのためのネットであり、そのためのblogであり、そのための「人と人とのコミュニケーション」なのです。
「人の振り見て我が振り直せ」と、ぼくはよく親に言われていました。いま、その実例を、この年齢になって、このようなかたちで、あらためて目の前に見ようとは、思っても見ませんでした。わたしも、気をつけようと、思いを新たにしています。
投稿者 nori-m : 2005年02月14日 22:27