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2005年01月28日
知的財産のお話

ええと、まず最初に言います。今回は憎まれ口をたたきます。ときには、こういうのも必要だ、と思うからね。
最近は「貞ちゃん」のブログ面白く拝見させていただいてますし、トラックバックもたくさんいただいて恐縮しています。そこで、今回は、これまでの話と内容をガラっと変えて、技術と特許のお話。
戦後50年、日本という国は「製造業」で生きてきた。第二次世界大戦の破壊と殺戮で荒廃した日本の世の中を復興させたのは、この製造業中心の経済があり、そして、朝鮮戦争などの「偶然」が近くにあったからだよね。もし、朝鮮戦争がなかったら、今の日本の復興はなかったと思う。悪く言えば、お隣の国の戦争で焼け太りした成金だよね。日本って。
子供のころ、医者になれ、とか、弁護士になれ、とか役人になれ、とかいろいろと親から言われていましたけれど、(みんなも言われたかと思うけど)その中の選択肢に、良い職業の1つとして「技術者」なんかがありました。ものを作る、壊す、ということの好きだったぼくは、親の職業である医者よりもこっちのほうを選んだ。結局、製造業って、日本の戦後を支えた華やかな産業であったことは、事実だよ。
だから、今でも、そのときの「夢よもう一度」的な考えがなかなか抜けなくて、「プロジェクトX」とかが流行っちゃうわけですよ。たしかに、製造業の時代ってのはあったし、それは作れば売れた、という夢のような時代だったから、そのときの「快感」を引きずっている人っていっぱいいると思うんだよ。でも、あんな番組で感動して涙を流すオッサンたち、よく聞けよ、「これは事実を元にしたフィクションです」「泣けるように作ってあります」って、当のNHKのプロデューザーが言ってるんですよ。これをすべて実話だと思って「泣いちゃった」人、あなたはだまされたのですね。中島みゆきも、さすがにボケたのか、詐欺まがいの番組の盛り上げに一役買った、というわけです。最近はNHKも会長さんはじめ、いろいろなオオボケをかましてくれるね。楽しい世の中になったものです。中島みゆきは個人的には好きなんですけれど。
「匠の時代」とか「頑固一徹の職人」とかっていうイメージはどうしても抜けない。だから、「技術者はお金のことなんか知らなくていい」とか、そういう偏見も多くなってると思うんだよ。
実際、経済産業省とかは、いまだに「すばらしいハイテク技術」が世の中をリードしていき、新しい産業をつくり、経済を活性化していく、なんてまだ信じてるように思う。もちろん、そういうことはないわけじゃない。
でも「世紀の発明」と言われた「青色発光ダイオード(LED)」を見てくださいな。製造現場にあふれる青色LEDは、日本製よりも、いまや台湾、中国なんかのメーカーのほうがだんぜん多い。品質もそこそこ良いし、なによりも安い。みんな、日本の技術者とかが週末のアルバイトで台湾にその技術のみならず、特許の回避の仕方まで教えに行っちゃうからなんだよ。ある技術者は週末のアルバイト代のほうが、本業の給与より高かった、なんて平気で人前で言っちゃう。
実際、お金が目当てじゃなくて、「いいじゃないの、技術はみんなのものだし」という博愛主義で、技術をタダで教えに行っている日本人の先生もぼくは知ってる。いつだったか、この先生が日経新聞に国賊みたいに名前入りで書かれていたことを思い出す。その先生、本当にいい人です。自分なりの哲学がある、しっかりした人です。その人が、いまや日本の企業をはるかにしのいで、世界の半導体メモリ製造でトップを走るその企業に技術を日本から教えに行ったのですね。彼の博愛主義は国家もお金も超えている。誰もそれを阻止できません。ぼくもこの先生を責めない。
だいいち、「知的財産」を守る「特許」も、今や「自分の権利を守るためのもの」って思ってる人が多いけど、実は特許法をちゃんと読むと違うことが書いてある。特許法の冒頭には「産業の発展」「公開」がうたわれてる。つまり、優れた技術を公開し、産業の発展に寄与させることは必要なこと。だから、その権利者の利益を法で守ります、というのが本来の「特許法」だ。「権利を守る」のは二次的なものであって、特許法の真の目的ではない。
だから、最近は公開されることを恐れて、重要な特許は出願しない、という企業も増えてきた。自らの知的な財産を守るには、まず公開しないこと。だから、特許もとらない。会社はそれで良いだろうけど、これは特許法の精神とは反するから、産業の発展には寄与しませんね。企業が栄えて産業が滅びますね。じゃぁ、企業は殺して産業が栄えるようにする、ということで、それだけでいいんでしょうか?だいたい、産業って、企業が集まってできるものじゃないの?
ソフトウエアの世界では、既に「ソフトウエアは無料」「使うときのノウハウが有料」という考え方が浸透してきているんだな。つまり「オープンソース」というやつですね。簡単に言えば「一度作ればあとはその権利で食う」ということではなく「働いた分だけお金をもらおうね」という発想です。権利にあぐらをかいてラクしちゃだめよ、ということです。「働かざる者食うべからず」なんです。ある意味、著作権とか特許権とかを否定しているところがある。ソフトウエアは人類の共有財産だから、って言って。そして、自分たちが作っているすばらしいソフトウエアをみんな無料で供給している。こういう流れもあるんだよ。
今はネットの時代、大不況の時代、戦争の時代。お金は大切。でも、お金ってもともとなんのためにあったのだろう?経済って、もともとなんのためにあったのだろう?今の世の中に、「お金」の果たす役割っていったいなんだろう?「知的財産」がお金に換算され、投資の対象となったりする。それは良いことなんだろうか?単なる夢幻に、ぼくらは生活に使うお金を削って、お金を払う。これってプロジェクトXに騙されてるみたいに、だまされているだけなんだろうか?
いまや、実際のモノの売買、人件費などのお金の数倍以上のお金が金融だけで回っているのが、この地球なんだな。あぶく銭の泡がやがてしぼむとき、ぼくらはどうしたらいいんだろう?簡単に言えば、あなたの投資はすべて無駄になります、財産をなくします、という世の中がやがて(それもけっこう近いうちに)やってくる。そういうことなんだよ。そのときにだって、楽しく暮らせるうようにしようよ、とぼくは思うのですけれど。
投稿者 nori-m : 2005年01月28日 22:19