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2005年01月31日
音楽ってなんだ

例によって貞ちゃんのblogに、平原綾香の「ジュピター」のことが出てました。でも作曲家は「ホイスト」じゃなくて「ホルスト」なんだけど、まぁ、こまかいことは置いとくとして、ホルストの「惑星」という組曲の中の「木星(ジュピター)」なんだよね。この曲のメロディーは。
でも、平原綾香の歌詞はいいよね!
富田勲のシンセサイザー音楽で「惑星」も大学生のときに聞いたけど(1977年)、最初の「展覧会の絵」のときから、そのバックでシンセサイザーの指導的なエンジニアリングをしていたのが、私のお友達の深町純さんです。今はピアノの即興演奏などのライブがすばらしく、毎月一回恵比寿で演奏するので、私もよく行きます。(このサイトにはMP3の楽曲があるので是非お聞きください)。
音楽の教養って、いろいろあるんだけど、クラシックの素養があって、楽器の演奏を自分でしたことがある人は、やっぱりどこか違う。いまはジャズをやっています、という人でも。でも、その教養が邪魔して、新しいものができない、ということだってあるよね。楽典をしっかり勉強しちゃうと、どうしても楽譜のほうにアタマが行く。指先が勝手に動く、という楽器とオトモダチ状態から、なぜか楽譜とおトモダチ状態、という、ある意味頭でっかちになる。そこで、音楽をする人としてのバランスは取れるのだけれど、なぜか新しいものを作れなくなっていく、ってことがある。
かく言うぼくはクラシックも大好きだ。高校時代に楽典も一応勉強した。でも、職業で音楽をやるわけじゃないから、と割り切って、ある時点で楽譜をあまり重要に考えなくするようにした。楽しむだけだから、これでいいんだよね、って思って。それから、ジャズも好きになった。
音楽がこころに響くときってある。今までは何気なく聞いていた、聞きなれた音楽が、歌詞が、たとえば恋をしたとたんに、あるいは人生の蹉跌を味わって、どうしようもなくなったそのときに限って、いつまでも忘れられないものに変身する。
生きてるって、こういうように自分が変化していくことなんだ、と、わかる、その瞬間に、生きてる意味をやっと、ぼくらは体で感じる。わかる。そのとき流す涙も、心の底からこみあげてくるうれしさも、全部が生きてることの証だと知る。
歌は世に連れ世は歌につれ、と言うけれど、そのときどきの歌に、音楽に、自分の歴史が重なるそのとき、音楽って、本当に忘れられないものになる。そんな人が世の中のどこにいるかわからないけれど、そんな人がいるそのとき、そこに流れてその人に涙を流してもらえるような、そんな音楽を作りたい、って、音楽を仕事にしている人はみんな思っているのじゃないかな?
IT屋として自分はちょっと立場は違うけれども、インターネットのシステムとか、携帯電話のメールのシステムのごく一部とか、そういうものを作った自分たちは、きっとたくさんの人の感動を運ぶ仕事をしたのだろう、と思う。
情報とは「情けを報せる」と書く。そういう自分の仕事を誇りに思う。
投稿者 nori-m : 21:15 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月30日
ふたたび、大阪 - あるいは「なぜ技術者は控えめか?」

一昨年に続き、またしばらく、大阪のお仕事が大きなウェイトを占めそうです。この週末はその準備などで大阪に行っていましたが、いやぁ、そのあいだに、貞ちゃんのblogには、あれこれとたくさん記事が増えてまして、ちょっと、NDAじゃなくてDNAだよなぁ、とか、「二十らせん」じゃなくてきっと「二重らせん」だよなぁ、とか、いろいろありますが、それなりにたくさん書いてありまして、で、結局何が言いたいのか、というところがよくわかりませんが、楽しんで書いていることだけはよくわかります。実際、面白いです。
とか言いつつ、私も先日大阪ではDNAとかが関係したお仕事でNDA書いたりしてきたので、まぁ、それはどうでもよいのですが、やっぱりここからはまじめに書きましょうね。あ、それからいまどきのワカモノに「民青」とか言ってもよくわからないと思うのですが、そこは、わからない人はわからない、ということでいいのかな?
で、まじめに書きます。
ITの技術者、研究者として二十年以上やっている身からすると、今はすでにIT技術ってのは、社会的にも技術的にも充分広まったもの、安定したものになっています。だから、あまり斬新な進歩に対する投資があまり行われません。対して、新しい切り口として投資家が今目を向けているのはバイオですが、米国などの投資先進国では、すでにバイオのバブルははじけてしまっています。ITは、20年前には「珍しい」ものだったものが、今は当たり前になっていますね。だからこそ、コンピュータの専門家でもなければ通信の専門家でもない人が、簡単にblogなんてものを書けるようになったのです。
今や電車の中で携帯でメールしていない人はいない、というくらい普及してますよね。でも、この20年ちょっと、そしてその最初の頃に、ITの業界で(そしておそらくけっこうはじめのほうで)「コンピュータと通信はひとつになる」とか「インターネットの中心的アプリケーションはメールである」なんて、言ってた頃から、今日のこの広がりは見えていたようにも思います。なぜかというと、本当はこういうもの、必要無いものだからです。って、思うのですよね。
自分のやっていることは本当はたいしたことではないんだ、という研究者として、あるいは技術者として、どこかにある自分の存在とか自分のやっていることに対する「ニヒリズム(悲観主義)」が、自分の熱くなっている頭を常に冷やします。ときには、重大な局面で、それが自分を救うこともあります。つまり、一生懸命に育ててきた自分の「開発対象」に対して、一本槍で一途なやりかた、って、要するに回りを見ていない馬車馬のようなものですから、ちょっとしたつまずきで、すべてを失ってしまうんです。
その「安全装置」として、技術者とか研究者には「ニヒリズム」があるように思います。論理的な思考も、ただただ熱くなっているときは屁理屈の製造装置でしかない。実際の現象などのたしかなものに即した情報で構成された論理でないと、技術とか研究では意味をなさない。でも、人間って、すぐに我田引水して屁理屈をこねて、自分の思うとおりのことが起きている、と思いたがるところがある。そこに間違いが起こる、ってことを身にしみて知ってるからなんだよね。
だから、よく技術者とかは、自分のやっている仕事に対して控えめだ、とか、もっと主張すればいいのに、とか言われるわけです。たしかに、世の中を見渡せば、法律も倫理もなんのその、かってにやり放題な連中ばかりが目に映りますけれど、自分の生業ではそうもいかない。無愛想な顔でも、自分を律する厳しさがないと、結果が得られない。
ね?こういうメンタリティの面でも、技術者とか研究者は、結局は投資家とか会社とか、他のメンタリティや役目を持つ人たちに依存して生きていく必要があるし、そういう「パートナー」の良し悪しで、それがちゃんと世の中に出るかどうかが決まってしまう。世の中にちゃんと出ないとお金も儲からない(=つまり、世の中の役に立たない)から、開発なんてしている意味もなくなってしまう。
いま、日本のあちこちで「産学官協同プロジェクト」や、それに類するものをやっていて、そこでは「優れた技術者とか研究者に経営者になってもらう」ということを考えているようだけれど、それはうまくいかないと思う。やはり「優れた技術者や研究者に優れたパートナーを探す」ことが必要なんじゃないかな?と思うな。
日本には製造業を育ててきたすばらしい世界に冠たる歴史がある。その中心に技術者とか研究者がいた。でも、彼らを育てていく「まともなパートナー」が、ほとんどいない。だから、日本にいくら優れたものがあって、良い技術者や研究者がたくさんいても、結局はそこでうまくいかないことが多いと思うのです。
いま、日本で育てるべきは技術や技術者、研究や研究者だけじゃない。それを育てていくには何が必要か、どういう人がパートナーになればよいか、そのためには、どういうことをしていけばいいか、ということをまじめに考えることなんじゃないかな?日本の技術者や技術者のほとんどが、もともと持つその性質(たち)と立場、そして長引く不況から、悲観論の中に沈み、やがてその姿が見えなくなってしまうまでには、まだ時間があるよ。いまのうちだ、と、ぼくは思う。
投稿者 nori-m : 21:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月29日
ぼくの団塊の世代論

ぼくは「団塊の世代」にあまり良い印象をもってないな。
「貞ちゃんのblog」にも書いてあるけれど、団塊の世代の人たちって、妙にヒネクレてるかと思うと、妙に傲慢。仕事できない人が多い。要するに自分に自信がない。そういう人がとても多い。いつもいつも競争させられて生きてきたんだね。かわいそうに。
この世代の人が東京の地下鉄銀座線三越前駅で、三越で買ったどっかのブランドものの紙袋抱えて乗ってきた日にゃ、その人がどんなにヨボヨボしてても、絶対に席なんか譲らないもんね。みんなあんたがたが今の保険金とか年金とかで一番いい思いをした後、ぼくらはそのツケで苦労させられるのはわかってるんだから。電車の席くらい譲ってもらわんと。なんてね。
ぼくも高校生の頃、「全共闘」みたいなのにあこがれてたことがあったけれど、どこかのりきれなかった、ということを思い出すね。某大手広告代理店のまじめなサラリーマン氏が「夢がないのに夢なんか描けません」などと気取ったふうな口を聞いて自殺した、っていうことがあったけど、あれも団塊の世代だよね。イイ年こいて、なにカマトトしてんだよっ!キミみたいなのがマルチ商法みたいなのにハマるんだよ!とか、当時は思いませんでしたけれど。
ここでもよく読んでもっとしっかりしないとだめじゃん!とか思ってしまうわけです。(←え?人のことは言えない?ごめん)
ところで、団塊の世代が元気だった時代をはるかに通りすぎたいまは「ヲタク」の世代なんだな。それが批判されるにしろ、嫌われるにしろ、あるいはごく稀に好まれるにせよ。まぁ、ぼくもヲタクみたいに思われてたそうだが、ご本人(ぼくだね)は違うつもり。ぼくはIT技術者だけど、とりあえず本書いてるし、ピアノ弾くのが趣味だし、文学好きだし、写真も趣味だし、お酒飲みだし、なによりもちゃんと女性を大切にします。
とか思っていると、典型的な現代のPCヲタク雑誌であるところの「DOS/V Power Report(インプレス)」3月号の特集の1つは、な、なんと、
「出会い系サイトで、mixiで、電車男に続け!今年はアキバ系男がイケル!」
だ、そうな。結婚前の女性向けの雑誌がこういう特集を組むというのならともかく、ヲタクそのものの好んで読む雑誌でこんな「ヲタク自画自賛」特集をしたところで、ヲタクがモテるわけがない。自分の世界に浸りきる、という特殊な能力を持ったため(単に社会性がないだけかもしれないが)、女性にはマメになれず、仕方なく「ヲタク」という烙印を押されている(単に本人がモテない、というだけかも知れないが)、その「ヲタク」本人には、やはり本当のことを言ったほうがいいのではないだろうか?
いやまぁ、団塊の世代の話が「ヲタク」世代の話になってしまいましたが、ご勘弁を。
ところで「ヲタク」の語源ですが、こういう「趣味一途」な人は、お互いに呼び合うとき「お宅は...」と言うから、なんだそうです。このことばに象徴される、なんか微妙な距離を置いた対人関係の気持ち悪さを、「ヲタク」ということばに表現したのは大塚英志(評論家)だったかな?でも、この「お宅」という、なんともいえない対人関係の距離感こそが、実は日本の現代そのものの象徴のようにも思えるね。「ヲタクは高度経済成長の申し子だ」なんて言われるけれど、つまり、この「ヲタク」が象徴するのは、部分的に濃く、全体的に薄い、という、複雑な社会の中のちょっと新しい人間関係なんじゃないかな?
人と人とがわかりあう、というのは、いまや夫婦や親子でも難しい。人と人との深いかかわりってのは、お互いにできるであろう深い「傷」を前提にしているけれど、実はその痛みにみんな耐えられなくなっている。そして、人生というものになんら目的がない。信じていたものが崩壊しちゃった後だからね。そういう場での人間関係はやはり複雑にならざるを得ない。「ヲタク」はそんな世の中に適合して生きやすい、ストレスをためることなく生きていられる生きかただよね。ある意味「ニュータイプ」かも知れない。
しかし、団塊の世代には、ある意味こういった「ヲタク」の気持ち悪さ、ってないよね。どこか必死で、どこかあっけらかんとしている。戦後の最初の繁栄の中で育った、ということが大きいのじゃないか?まだ世の中がそんなに金持ちでもなく、バブリーなブランド志向でもなく、また複雑でもなかった時代じゃ、ヲタクになる必要はなかった、という感じかな。
「団塊の世代」「全共闘世代」って、ものごとがけっこう単純に割り切れた、そして男も女もまっしぐらに恋愛ができた、本当は幸せな世代だったのかも知れないね。おい、その幸せの一部でも、ぼくにくれないかね?いや、せめて老人になったあんたがたに、銀座線三越前駅で、惰眠をむさぼっているぼくの席くらいは、そのままにしておいてくれないかな?
え、ここ、「シルバーシート」だって?
投稿者 nori-m : 22:06 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月28日
知的財産のお話

ええと、まず最初に言います。今回は憎まれ口をたたきます。ときには、こういうのも必要だ、と思うからね。
最近は「貞ちゃん」のブログ面白く拝見させていただいてますし、トラックバックもたくさんいただいて恐縮しています。そこで、今回は、これまでの話と内容をガラっと変えて、技術と特許のお話。
戦後50年、日本という国は「製造業」で生きてきた。第二次世界大戦の破壊と殺戮で荒廃した日本の世の中を復興させたのは、この製造業中心の経済があり、そして、朝鮮戦争などの「偶然」が近くにあったからだよね。もし、朝鮮戦争がなかったら、今の日本の復興はなかったと思う。悪く言えば、お隣の国の戦争で焼け太りした成金だよね。日本って。
子供のころ、医者になれ、とか、弁護士になれ、とか役人になれ、とかいろいろと親から言われていましたけれど、(みんなも言われたかと思うけど)その中の選択肢に、良い職業の1つとして「技術者」なんかがありました。ものを作る、壊す、ということの好きだったぼくは、親の職業である医者よりもこっちのほうを選んだ。結局、製造業って、日本の戦後を支えた華やかな産業であったことは、事実だよ。
だから、今でも、そのときの「夢よもう一度」的な考えがなかなか抜けなくて、「プロジェクトX」とかが流行っちゃうわけですよ。たしかに、製造業の時代ってのはあったし、それは作れば売れた、という夢のような時代だったから、そのときの「快感」を引きずっている人っていっぱいいると思うんだよ。でも、あんな番組で感動して涙を流すオッサンたち、よく聞けよ、「これは事実を元にしたフィクションです」「泣けるように作ってあります」って、当のNHKのプロデューザーが言ってるんですよ。これをすべて実話だと思って「泣いちゃった」人、あなたはだまされたのですね。中島みゆきも、さすがにボケたのか、詐欺まがいの番組の盛り上げに一役買った、というわけです。最近はNHKも会長さんはじめ、いろいろなオオボケをかましてくれるね。楽しい世の中になったものです。中島みゆきは個人的には好きなんですけれど。
「匠の時代」とか「頑固一徹の職人」とかっていうイメージはどうしても抜けない。だから、「技術者はお金のことなんか知らなくていい」とか、そういう偏見も多くなってると思うんだよ。
実際、経済産業省とかは、いまだに「すばらしいハイテク技術」が世の中をリードしていき、新しい産業をつくり、経済を活性化していく、なんてまだ信じてるように思う。もちろん、そういうことはないわけじゃない。
でも「世紀の発明」と言われた「青色発光ダイオード(LED)」を見てくださいな。製造現場にあふれる青色LEDは、日本製よりも、いまや台湾、中国なんかのメーカーのほうがだんぜん多い。品質もそこそこ良いし、なによりも安い。みんな、日本の技術者とかが週末のアルバイトで台湾にその技術のみならず、特許の回避の仕方まで教えに行っちゃうからなんだよ。ある技術者は週末のアルバイト代のほうが、本業の給与より高かった、なんて平気で人前で言っちゃう。
実際、お金が目当てじゃなくて、「いいじゃないの、技術はみんなのものだし」という博愛主義で、技術をタダで教えに行っている日本人の先生もぼくは知ってる。いつだったか、この先生が日経新聞に国賊みたいに名前入りで書かれていたことを思い出す。その先生、本当にいい人です。自分なりの哲学がある、しっかりした人です。その人が、いまや日本の企業をはるかにしのいで、世界の半導体メモリ製造でトップを走るその企業に技術を日本から教えに行ったのですね。彼の博愛主義は国家もお金も超えている。誰もそれを阻止できません。ぼくもこの先生を責めない。
だいいち、「知的財産」を守る「特許」も、今や「自分の権利を守るためのもの」って思ってる人が多いけど、実は特許法をちゃんと読むと違うことが書いてある。特許法の冒頭には「産業の発展」「公開」がうたわれてる。つまり、優れた技術を公開し、産業の発展に寄与させることは必要なこと。だから、その権利者の利益を法で守ります、というのが本来の「特許法」だ。「権利を守る」のは二次的なものであって、特許法の真の目的ではない。
だから、最近は公開されることを恐れて、重要な特許は出願しない、という企業も増えてきた。自らの知的な財産を守るには、まず公開しないこと。だから、特許もとらない。会社はそれで良いだろうけど、これは特許法の精神とは反するから、産業の発展には寄与しませんね。企業が栄えて産業が滅びますね。じゃぁ、企業は殺して産業が栄えるようにする、ということで、それだけでいいんでしょうか?だいたい、産業って、企業が集まってできるものじゃないの?
ソフトウエアの世界では、既に「ソフトウエアは無料」「使うときのノウハウが有料」という考え方が浸透してきているんだな。つまり「オープンソース」というやつですね。簡単に言えば「一度作ればあとはその権利で食う」ということではなく「働いた分だけお金をもらおうね」という発想です。権利にあぐらをかいてラクしちゃだめよ、ということです。「働かざる者食うべからず」なんです。ある意味、著作権とか特許権とかを否定しているところがある。ソフトウエアは人類の共有財産だから、って言って。そして、自分たちが作っているすばらしいソフトウエアをみんな無料で供給している。こういう流れもあるんだよ。
今はネットの時代、大不況の時代、戦争の時代。お金は大切。でも、お金ってもともとなんのためにあったのだろう?経済って、もともとなんのためにあったのだろう?今の世の中に、「お金」の果たす役割っていったいなんだろう?「知的財産」がお金に換算され、投資の対象となったりする。それは良いことなんだろうか?単なる夢幻に、ぼくらは生活に使うお金を削って、お金を払う。これってプロジェクトXに騙されてるみたいに、だまされているだけなんだろうか?
いまや、実際のモノの売買、人件費などのお金の数倍以上のお金が金融だけで回っているのが、この地球なんだな。あぶく銭の泡がやがてしぼむとき、ぼくらはどうしたらいいんだろう?簡単に言えば、あなたの投資はすべて無駄になります、財産をなくします、という世の中がやがて(それもけっこう近いうちに)やってくる。そういうことなんだよ。そのときにだって、楽しく暮らせるうようにしようよ、とぼくは思うのですけれど。
投稿者 nori-m : 22:19 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月24日
デジカメの分類

この記事は共同通信・CH-K・電網解説・だからそれは、さに、連動しています。
写真マニアだった父親の影響で、ずいぶん早くから一眼レフのカメラであちこち写真を撮って回っていた。最近デジタル一眼レフを買ったのだけれど、ほとんどデジタルとは思えない完成度の高さにはびっくりした。古い一眼レフのユーザとして違和感がないほど、写真に厚みがある。
最初のデジカメが出たときすぐ買って触った。「これはカメラじゃない。映像メモだ」。そう思った。携帯電話にもカメラ内蔵が当たり前になったが、使い方は「ちょっとこのページをメモしておこう」というケースが多いのではないだろうか。風景や人物を取るにしても「ちょっと記録、参考に」という感じだ。厚みに欠けるすこし平板な画像はメモ向きである。
デジカメと一言で言っても「カメラとして完成されたものを目指す商品」と「全く新しいジャンルの商品」という2つの流れがあるのだ。どちらも、このところ完成されつつあるから、カメラのマニアとしては面白い時代になってきた、と思う。
結局、カメラに限らず「デジタル機器」といっても、この2つがあるのじゃないか? 1つは、いままでの道具が単にデジタル化されたもの。そして、もう1つはデジタル技術によって全く新しいものとして、新しい市場を作っていくもの。
あなたは、どちらの「デジカメ」がお好きですか?
投稿者 nori-m : 22:26 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月23日
私が見ているサイト

今回は私がよく行っている、ちょっと面白いサイトをいくつかご紹介します。
まずは私のかなり前からのお知り合いである、群馬大学の教授、下田博次さんがやっているサイトがあります。名前を「ねちずん村」と言います。子供とインターネット、というのを追求していたら、日本ではインターネットというよりもインターネット利用のできる携帯電話である、ということがわかってきて、いま、その方面のさまざまな問題について、世の中に提言をしている方です。
世の中は「少子化」ということばだらけですが、その言葉に疑問を呈しているサイトがあります。それはこの「スタンダード 反社会学講座」です。このmazzanという方の視点が面白いだけではなく、調査もそれなりにしっかりしており、また、文章も非常にうまい。面白い、読ませる文章です。
ニュースサイトでよく行くのは、HOT WIRED JAPANです。このサイトは、米国のニュース、とくにITに限らないハイテク関連のニュースがいち早く日本語で読めるので、おすすめです。また、カルチャー関連の記事とかも、非常に面白い。
IT技術者の雑談サイトといえば、やはり「スラッシュドット・ジャパン」でしょう。さまざまなITにからむニュースをサカナに、現役の技術者や研究者がユーモアや冗談もまじえて好き勝手なことを言っています。もっとも、専門外の方には、内容が難しいかも知れません。
純正ハッカーの砦といえば、「2600」ということになります。もちろん英語のサイトですが、いま、米国のハッカーはなにをしているのか、ということがよくわかります。「2600」は、伝説の電話ハッカー「キャプテン・クランチ」が作った、国際電話タダがけ装置、「ブルーボックス」が発する「ピー」という音の周波数です。「キャプテン・クランチ」氏は、世界で最初の「ハッカー」ということで有名です。この2600というグループが出している同名の雑誌は季刊ですが、日本でも新宿のタワー・レコードの洋雑誌売り場で入手可能です。ちゃんとISBNコードも取得している雑誌とはいえ、内容はかなり過激です。
実際のところ、痩せてしまい、枯れてしまいましたが、それでも「痩せても枯れても」ITの聖地となると、やはり米国カリフォルニアはシリコンバレー、ということになります。シリコンバレーの現在の中心的なところはSanJoseを通信とする地域ということになります。もちろんSunnyValleとかSantaCralaも名前にあがります。そして、このSanJoseの地元新聞といえばSun Jose Marcury Newsです。もちろん地元紙らしく、IT関連企業の地元のニュースも多く、IT関連で仕事をする人はたいへん参考になります。
私のこのblogやコラムをやらせていただいてるところは共同通信社ですが、その共同通信社の記者の本音が聞ける、「新聞の編集後記」みたいなblogが「署名で書く記者の「ニュース日記」です。記者がその事件をどんな気持ちで見ていたか、などがわかって、非常に興味深いところです。\n\n
「IT業界にもこんな人がいるのか!」と思わず叫びたくなるのが、「アシスト」の社長のビル・トッテン氏のオピニオンを書いた「Our World」です。IT業界人ならずとも、こんな社長のいる会社で仕事をしてみたい、と思わせるものがあります。上場益で手にしたあぶく銭で野球の球団のとりあいっこをするようなレベルとは一線を画す、まっとうな経営者が、まだこの業界にいたんだ、と、ほっとします。
そして、最後にご紹介したいのは、このところときどきトラックバックをいただいて、こちらからもトラックバックをしている「貞ちゃん」のblog、「貞ちゃんの連れ連れ日記」です。名古屋に住んでいらっしゃる主婦の方ですが、なかなか面白い内容を、子供を持つ女性の感性と立場で、しっかり書いていらっしゃいます。そのため、ネット界ではそれなりに有名な「切り込み隊長」こと山本氏を、向こうに回して一歩も引かない論陣を張ったりして、本当に面白い。私も、何度も読ませていただいていますが、内容が私の感性にぴったりするだけではなく、今のネット界の悪しき伝統とはかけはなれた「ふつうの人」の感性が光っていて、まさに「これから」の可能性を感じさせます。
ということで、今回は私のいつもお邪魔しているサイトをご紹介しました。
投稿者 nori-m : 22:31 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月22日
土地と米国

いやもう、照れてます。「貞ちゃん」にいっぱい引用されてしまいました。うれしいのですけれど、なにか照れくさいです。ほとんど交換日記ならぬ「交換トラックバック」状態ですが「貞ちゃん、って人は私の言いたいことを私に代わってズバリ言ってくれてて気持ちがいい!」と、大声で言う方もいます(大声で、は余計ですが、それを言っていた本人の声はやはり大きいのでこのままにしておきます)。声は大きくとも、同じ女性として共感できるものがあるのでしょうね。 ;-)。
ぼくはもともと東京生まれの東京育ちなので、本当に東京以外のことをよく知りませんでした。もちろん、観光とかビジネスではしょっちゅう東京から外に出ますけれど、ビジネスといえば大都市、観光といえば極端な観光地、という感じになるので、東京以外で生活している人の間に入って社会を見ることが、あまりありませんでした。だから、昨年度はそれをはじめてした、というわけです。
生まれたときから東京にいたので、小学校とかでみんなが「どこそこから転校してきました」なんてのをとてもたくさん聞きました。ぼくの子供の頃は高度成長真っ只中だったから、転校してくる子供がとても多くて、学校の規模もどんどん大きくなりました。夏は暖房、冬は冷房つきプレハブ校舎、なんてものができた時代だったのです。
みんなが高度経済成長に浮かれていて、今日よりも明日はもっと大きな家に住めるようになる、とみんな信じていて、だからこそ、生理が止まろうが悲しいことがあろうが、みんな明日を信じて「中島みゆき」の「時代」なんかを聞きながら「明日はもっと!」って言いつつ生きてた、って時代でした。
さて、ここで米国の話になるのですが、東京はいまでも日本の人口の1割を抱えているし、日本では大都市に住む人口が全体の7割で、あとの3割が「田舎」と呼ばれるところに住みます。対して、米国はこの比率が逆なので、7割が田舎に住みます。米国という国はシアーズをはじめ通信販売業者が大変に栄えました。電話などの通信手段が栄えているのも、また、手紙などのビジネス文化が発達しているのも、そしてインターネットができてそれが急速に広まったのも、そして、それを助ける手段として全米にハイウェイが張り巡らされたのも、みんなこういった国の出自と関係しているのですね。
ぼくが二十数年前、コンピュータとか通信に初めて出会って熱中したとき、こういう機械を作る必要があった国って、きっとこんなだろうな、という想像をずいぶんめぐらせていました。文学作品を読むように、ぼくはコンピュータと通信の技術を習得し、その向こうに広がる「かの国」の様子を、心に描いていたのです。そして、実際にその国に足を踏み入れた1986年、「コンピュータ、電話、通信」って、やっぱりこういうところで産まれたんだ!と、自分の心の中の米国と本物の米国の空気がひとつになったのを覚えています。
米国という国の特徴の1つは、「田舎」ということです。つまり、広大な無償に近い金額で手に入る土地があるから、いろいろな産業を興すときに、土地などにかかるコストを、他の国よりもごく小さく抑えることができた。その土地と土地をがっちりと結ぶ物流のために、フリーウェイができ、これがあの国の繁栄時の経済を支える基盤となったのですね。産油国が石油などのエネルギー資源を、自国では無償にちかいかたちで使えるのと、それは似ています。つまり、自然にそこにあるものだから、タダ。ということなんですよね。タダで得たものを元手にして事業をするのだから、儲からないわけがない。戦後の米国という国の繁栄はこれが基礎になっています。
日本の高度成長期では米国の「土地」にあたるものは「人件費」であった、ということは言うまでもありません。これは、少々経営とか財務とかを仕事でしていて、バランスシートをちょっとでも扱ったことがないと、この感覚はわからないかも知れませんけれど。
そして、そのインフレ利潤が大都市を支えます。みんな、そのインフレ利潤のおすそわけにあずかって、少しは財も成そう、少しは有名になろう、と、都会を目指すのです。もともと東京にいた私は、そういう「田舎者(失礼)」を「品の無いヤツラだな(重ねて失礼)」なんて、かつてはいやらしくも冷ややかに見ていました。そういう私も、実のところ父の時代、母の時代からしか東京にいなかったわけですが。
いま、アメリカの経済基盤も、日本の経済基盤も、ガタガタです。それぞれが失敗したからではなく、うまくいってしまったから、それ以上成長ができなくなったのです。シリコンバレーでの失業率はおよそ7.7パーセント前後をウロウロし、中国は上海でも既にITバブルがはじけかかっており、IT技術者が余りはじめています(つまり、中国株もそろそろ頂点です)。
すべての成長を前提とした経済のありかたや目的から、そろそろ抜け出して、新しい、男が作り得なかった「価値」を、そろそろまともに作っていかなければ、誰も彼も不幸なままのように思います。きっと、イイ女とかイイ男の価値基準も変わるくらいの変化が、人間の歴史に必要なんだと思います。あ、いや、別にぼくがモテない男だからこんなこと言ってるんじゃないですけれど、ね。えへへ。
と、以上は「貞ちゃん」の文体を真似させていただきました。
投稿者 nori-m : 22:35 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月21日
突然ですがバイオのお話です

「貞ちゃん」さんのお褒めのことばの載って いる記事、ありがとうございます。共同通信とか何ヵ所かのコラムを書か せていただいている身としては、大変に励みになります。今後ともよろしくお願い申し上げます。
実は、2003年に、ピッツバーグはお仕事でちょっと行きま した。何のお仕事かというと、「バイオ」なんですよね。なんでピッツバーグがバイオなのかというと、ここは鉄鋼王カーネギーも産んだ鉄鋼の街だったのだけれども、外国の安い鉄が入ってくるようになってさびれてしまい、ゴーストタウンみたいになってしまったんだね。そこでバイオで町おこしをして復活した、という話があって、これがけっこう「ピッツバーグ・モデル」として有名になった。その企業のいくつかにお仕事に行ったのです。
ぼくは本職がITの技術者・研究者なんだけども、あるご縁で昨年は国のバイオの研究所に1年間いました。でも、バイオの本場はやはり米国。だから、その研究所に行く前に、米国のバイオ事情を知りたいと思って、その調査研究をお仕事にして米国に行ったのです。いま、日本の個人投資家はバイオのほうに目が向いてるし、2005年度の日本の国の科学技術の重点投資項目にバイオも入っているのだけれど、まだまだ、米国に比べれば日本のバイオはお子ちゃまのお遊びに近い。
米国のバイオ研究の総本山と言われているNIH(National Institute of ealth)の年間研究予算はおよそ3兆円。この金額は日本のすべての分野の研究機関の年間予算と同じなんですよね。ケタが違う。従って研究の内容も成果も違う。
これまでの「貞ちゃん」さんとのトラックバックのやりとりで、米国は貧富の差が激しい国だ、ということはかなり明確になったのだけれども、これはつまり、米国という国の基本的な経済構造が「投資」すなわち「ギャンブル」のお金で成り立っている、ということなんだよね。日本の経済構造は積み上げで成り立っているから、あまりギャンブルはしないし、できないのだけれど、米国は「まず投資ありき」から始まる。企業の淘汰は当たり前。だから、転職の市場も日本より充実している。
だから、投資を活発にするため、資本を集中させて一部の投資ができる階層の人たちをわざわざ作っていく、という考え方が生まれる。その結果として、貧富の差も激しいばかりに生まれてくる。ただし、その事実を隠しているから、だれにでも公平な世の中にならないんだな。そこが問題。
米国でのぼくの仕事はほとんど西海岸だったのだけれども、今でも思い出す光景がある。オークランドの小さな公園のところにいた母と2人の子のホームレスの姿だ。今思い出しても、こころが締め付けられる。正面から見ていられない。
競争による貧富の差を前提とした社会が、生きている人すべての幸福を考えているとは言えない。対して「社会主義」と揶揄されることもある日本の社会は、ビル・トッテン氏の言うように、米国型の社会にはない、良いところがある。そして、世界的な経済成長という幻想がなくなった今、米国型の社会は破綻しようとしているのじゃないだろうか?そして、あのテロ事件までは隠されていたその米国の破綻が、テロ事件をきっかけに表に出てくるようになった。そういうことなんじゃないかな?
昨年、東京に職を持つ女房と子供たちにぶつぶつ文句を言われつつはじめて単身赴任した関西は、「ふつうの人が、ふつうに楽しく暮らせる」ところだった。東京はそうではなく「何者かになりたい!」という男社会の欲望をかきたてるところだった、と、初めて実感した。東京は本質的にギャンブルをしに行くところとして昔から考えられていたから、いつでも米国型になる素質を充分に持っている。
日本は米国の真似をしちゃいけない。ふつうの人がふつうに楽しく生きていかれるところで、日本はあってほしい。なんて、最近は思っています。
ところで、現在の米国の不動産ですが、この不況にもかかわらず、バブルになってまして、サンフランシスコからクルマで1時間(ということは100kmくらい - 小田原-東京くらいの距離だね)、というところの小さな一軒家でも一億円くらいする。5年前までは2千万円くらいだったのに。。。。あの国の今の「お金」は、本当に狂ってる、としか思えない。
お金持ちがますますお金持ちになる。貧しい人がますます貧しくなる。そして、貧しい人からの限りない収奪があの手この手で巧妙に、究極まで行われている国。それが今の米国なんだと、言い切ってもいいと思う。
しかしね、米国の第32代大統領、フランクリン・D・ルーズベルトは、「米国民の幸福はその経済的なものでの平等でなされなければならない」「前の世代は王制専制の時代だったがこれからは企業専制の時代になるだろう」「だから、経済を法律でちゃんとしていかなければならないのだ」と言っていたんだよ。多国籍企業がこんなに跳梁跋扈する時代のはるか前に、それを予言していた、というわけだ。これほどのインテリの大統領を過去に抱えていながら、今の 米国の体たらくはいったいなんなんだ!と言いたいね。
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2005年01月19日
米国という国

おそれおおくも、「貞ちゃん」から、トラックバックをいただき、コメントまでいただきました。さらに、私の記事からイメージをふくらませて、米国のことについての記事も、「貞ちゃん」は書かれてますね。これも面白い話でした。
私も一昨年はお仕事で米国、特に西海岸を多く回りました。それまでも、お仕事でこの20年間、米国には行った回数は覚えていないくらい行きましたけれど、残念ながら観光で行ったことなんか数えるほどしかなかったなぁ。そして、一昨年は長期滞在となったのだけれども、その合間に米国の生活のいろいろなことをより深く感じることができました。
実際、今の米国に住むくらいなら、日本のほうがよっぽどいいや!というのが実感でした。また、日本にもその米国の現状を、数字で明らかにしているコラムを書かれているビル・トッテンという白人の方がいます。ときどきテレビの討論会などに出ていることもある方なので、ごらんになった方も多いと思いかとますが。
この方は奥様が日本人で、日本に永く住み、日本では「アシスト」という大型コンピュータ用のパッケージソフトウエアを売っている会社の社長さんです。日本人よりもまっとうな日本の会社を経営されている、と私には思えますね。IT業界にも、上場益のあぶく銭で横っ面をひっぱたきあって野球チームのとりあいっこをするやつばかりがいるわけじゃないんだな、と安心させられます。
トッテン氏の最近の意見はここで読めます。是非ご一読されることをお勧めします。
彼の集めた数字によれば、米国のGDPの半分はその上位1パーセントの人がもらっている給与なんかです。で、あとの半分を99パーセントの人が分け合っている。その99パーセントの人たちの平均年収はおよそ150万円。そして、米国でこれらの人が1年間に必要な年収はおよそ300万円。つまり、慢性的な赤字家計なんですね。
そして、その赤字を埋める借金を「クレジットカード」でする。彼らの給与は日本と違って「月給」ではなく「週給」「隔週給」であることが多いので、お金が今なくても、来週にはなんとかなる、という生活をすることになる。クレジットカード会社は利用手数料ではなく、借金の金利で儲けを上げているので、米国のクレジットカードは、日本で言えば「サラ金」カードと同じなんです。つまり、ほとんどのお金持ちではない米国人は、サラ金漬けにならざるを得ないようにできています。
たとえば、RedRobsterみたいなチェーンのファミリーレストランに、週末、家族が車で乗り付ける。一人当たり3000円くらいの食事をしていく。普段は質素な食事をしていて、週末にうさばらしにこういう食事をする。もちろんクレジットカードを使って。
社会階層が固定化されているので「アメリカン・ドリーム」はまさに「ドリーム」だけが振りまかれている、という感じがします。そのドリームを演出するのが、日本でも有名になった、メディア王マードックのFOXをはじめとした巨大メディアです。たとえば、サッカーの弱い米国ではテレビでサッカーの中継を派手にしません。せいぜいがLAの地元のCATV局のスペイン語放送で行われるくらい。米国が負けるところを報道しない。さらに、オリンピックなんかの中継も全く同様。だから、テレビだけ見ていると、「米国ってすごいんだなー、強いんだなー」とか思い込まされてしまう。
一生懸命働いても暮らしが楽にならない人はもちろん多くて、その中には自暴自棄になる人も多いから犯罪も増えていて、どこの刑務所も満杯状態になっている。犯罪が多いから金持ちの住む家はみんなセキュリティのために高い塀で囲ってある。貧しい地域の高校は、予算がつかないために、週末以外の1日を毎週休校にせざるを得ないところもでてきている。
どうかな?それでもあなた、アメリカに住みたい?
それでも、あの国は「豊かな国」と思える?世界の人が目指すべき、お手本の国、と思えるかい?
ぼくはそうは思えないよ。
投稿者 nori-m : 23:19 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月18日
Goodbye Mr.Chips

この前、500円で渋谷の本屋で買ったDVDチップス先生さようなら(映画生活ヘのリンク)を見た。涙が止まらない、本当に良い映画だね。ぼくはミュージカルでこの映画を昔見たことがある。1969年のその映画は、チップス先生の恋が中心、という感じだったから、チップス先生の妻の役のペトゥラ・クラークがとてもまぶしかったことを覚えている。ちなみに、チップス先生役はピーター・オトゥールだった。今でも、「チップス先生」といえば、そのときの音楽が口を突いて出るくらい、その音楽も好きだった。でも、このDVDはぼくが昔見たミュージカル仕立てのもののさらに前、モノクロのフィルムで、1939年の作品だ。
老チップス先生は、ヒラの教師のまま、学校での教師生活を終えた。そして一度引退した後、戦争で出征してしまって教師不足になった学校に、再び校長として迎えられた。そして、校長になった彼は戦争に出征していく子供たちを見守る。そのパレードを見る壇上でこんな会話がある。チップス校長の隣には、軍人の将校がいる。将校は「すばらしいですな!明日の将校たちだ!」と言うと、何人もの生徒たちを戦争で失っているチップス先生はこう返す。「明日というものがなければ良いですな」。
全編、どんなに厳しい状況にあっても、このような知的なユーモアにあふれた会話が交わされる。この会話を聞いているだけでも素晴らしい映画だけれども、このくだりがなぜか心に残る。
いま、世の中は第二次大戦後のアメリカを中心とした経済的繁栄の時代を終わり、また戦争の時代へと向かっているように見える。希望だけが語り継がれる世の中が終わったこの時代に「チップス先生さようなら」を見ると、またこんな時代がやってくる予感が、実はひしひしとしてくる。
男は戦争に行く。女が幼い子供を抱えて家に残る。やがて来る悲しい知らせを、老チップス先生は、ひとつひとつ、生徒たちとともに悲しむ。やがて年月がたち、その幼い子供が学校に入学してくる。「おお、コリーか。君のお父さんをぼくは教えたよ」。
この映画は、残酷なシーンこそないけれども、本当は戦争の映画だ。戦争に否応なしに巻き込まれていく一人一人の人生を、かみしめるようなチップス先生のまわりのエピソードで語る。戦争とはこういうものなのだ、ということを、まだまだ平和のなかにいるぼくたちに教えている。戦争とはこの世に住む普通の人、一人一人にとってどういうものか、ということを、深く静かに教えてくれる。
投稿者 nori-m : 23:26 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月16日
技術者とカラオケ

この記事は共同通信・CH-K・電網解説・だからそれは、さに、連動しています。
カラオケのシステムはほとんどインターネットの技術がベースになってできている。最新の楽曲のデータがインターネットの技術でカラオケマシンに「ダウンロード」されて、数十秒、あるいは数秒でカラオケ演奏を奏でる。結構ハイテクなものなのだ。
でも、ネット系の技術者はカラオケが嫌いな人が多い。もともと技術者って、人付き合いが悪いことで昔から有名でしょ? ネットの技術者も同じなんだよね。というか、人とのつきあいで世の中が出来てるとは思っていない、というところがある。
技術者どうしで飲むことがあっても、カラオケにはいかない。「まさか、これからカラオケ行こう、ってヤツはいないよな」「おれも嫌いなんだよ。あれ」「あんなもの好きになるヤツの気が知れない」「会社でも好きなやつがいてさ、あいつが飲みに行く、ってときはおれは行かない」「うちの上司が好きでね。逃げられない。この前、カラオケマシンの前で吐いちゃったよ」「カラオケ好きなのって、他にやれることがないんじゃねーの? かわいそー」、と、まぁこういう会話になることは多い。
ぼくもそうなんだけど、カラオケで歌える歌がないってことも多い。1970年代のマニアックな日本のフォークソングとか、誰も聞かないような洋楽とかジャズ狂いなんかは友達にいっぱいいた。とてもじゃないがカラオケのレパートリィにこれはないよね、というものばかりが大好き、みたいなものを愛好する。こういう技術者はとても多いんだな。
さて、Information SocietyのHardware面にあるATTITUDEでも聞いて寝ますか。いや、The SystemのRhthm and RomanceからSOUL To SOULにしようかな?
※ Informatin Societyは1988年にN.Y.で結成されたブループ。まだレコードがあった時代だから、A面を「SOFTWARE」、B面を「HARDWARE」と呼んでいた。The System は1989年、Atlanticから出た2人のユニット。どちらも日本ではそんなに流行りませんでしたが、名前がそれっぽいでしょ?
投稿者 nori-m : 23:30 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月15日
「まとも」ってことは

世の中、探せばいろいろな人ってのがいる。気が合う人もいれば、そうでない人もいる。気に入らない人もいれば、気に入る人もいる。「貞ちゃん」と自称するこの方はどういう人だかは、ぼくはまだ全部この人のものを読んでいないのでよくわからないところもあるけれど、その「まともな考え方」には、共感するところがある。少なくとも、いま読んでいる部分の文章に限って言えば、共感できる。
二十代、三十代の頃、経営、財務、などの世界で実業をしてきた人らしいのだけれども、この人は会社、事業の現場のことをよく肌でわかっている人だな、と思う。夢を追う事業家のいる現場の熱気とか苦悩を肯定的にとらえて、それを女性の立場から表現している。
ネットでは有名人と言われている「切り込み隊長」の化けの皮をしっかりとはがす。音を立てて。これが天然でできる。これはすばらしいことだ。魑魅魍魎の住む男社会も、ある意味愛情を持って横目で見てきたひとであろうことはよくわかる。
おそらく、この人にblogで自分の意見や周りに起こった出来事を寝不足の眼をこすりつつ書かせているものは、自分が生きているこの世の中の「おかしな」ところを何とかしないと、自分や自分の家族、そしてこれから生まれてくるであろう自分たちの後輩や子孫たちへ、申し訳が立たない、という、どこか切実な気持ちなんじゃないかな?
自分が有名になりたい、だとか、注目されたい。そのために自分の頭を総動員して自分が有利なようにことを運び、目立つことを意図してだけ、意見を言う。意見の内容を決める。でも全然人のことを考えない。他人に対する愛情がない。そういう無責任な大人は、本当は大人とは言わない。
悪いことはいわない。男のケチな野心は子供を持った日々の生活に根ざした女の静かな迫力にはかなわないものだ、と昔から決まっているのだ。切り込み隊長君よ、まずは負けを認めて引き下がったほうがいい。
久々に、読み応えのあるblogを読ませていただきました。
投稿者 nori-m : 23:34 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月09日
blogってなんだ

この記事は共同通信・CH-K・電網解説・だからそれは、さに、連動しています。
blog(ブログ)とは「WEBのlog(日記)」のこと。個人的なことを書いた自分だけのWEBだ。「コメント機能つき掲示板」「トラックバック」などの機能があり、面倒だったWEBページの更新を簡単にできる。
20年インターネットにかかわってくると「まぁ、そういうこともできるし、自分ではblogのツールがなくても別にいいんだけどね、HTMLもcgiも自分で書くことができるわけだし。いまさら、この他になにが必要なの?」という気分ではある。「世に流行りモノあり理屈なし」かな。
でもさ、ブログって、みんながそれぞれに「注目される何者かになりたい」っていう気持ちをあおるものなんじゃないの。「能力や金も運もなく成り上がれないけど、成り上がりたい」っていう普通の人の欲望や希望を満たしているものなのではないかしら。
昼食時間が終わったホットスポット(無線LANができる環境があるコーヒーショップ)で、i-podを耳にしながら小さいPCを開く。「他人以上の特別な自分」というシチュエーションに酔う時間を提供してくれるのと同じような道具かな。
はっきり言ってブログどうなの? 大半は自分を強く出したい人たちが、凡庸なアタマで考えた同じようなことが書きなぐってあるばかり。読む気失せるよね。まあ、ぼくのがどうか-って言われば、それまでだけど。
投稿者 nori-m : 23:37 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月04日
インフラの止まるとき

この記事は共同通信・CH-K・電網解説・だからそれは、さに、連動しています。
このコラムも毎週更新してきて、そろそろ20回近くになります。読んでいただいている方、本当にありがとうございます。
ところで、この正月の銀行のATMは、今年に限っては、どこもデビットカードさえ使えない、というところがとても多かった、というのはご存知かな?。銀行の統廃合でセンターのオンラインの仕組みを全部取り替えたりするなどの普段はできない作業をこの正月に行うところが多いから。つまり、いつもあると思っていたインフラが、この正月には一部途切れるんだな。
思えば「インターネット(ブラウザ)」は1993年。「デジカメ」は1995年。「iモード」は1999年に出てきた。いま、ぼくたちはケータイでメールするのは当たり前、なんて思っているけれども、それ、10年もたっていないんだよ。
当たり前と思っているインフラは、実はこれしか歴史のない浅いものなんだから、それが消えるときがもしあるとすれば、きっと、それも急に消えてなくなるのだろうか? と思うと、不安になったりしないか?
多忙な恋人たちやばらばらになった家族をつなぐ「ケータイ」「メール」は、これからも日本人の生き方を支えていくのかな? それとも、今とは違うかたちに変えていくのかな?
そんなことを考えつつ、正月の日差しを浴びています。
今年もよろしく御願い申し上げます。
投稿者 nori-m : 23:41 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月02日
正月東京ゴーストタウン

東京の山手線の内側に住んでいると、住んでいるところの周りは住宅街でも、そこからほんのちょっと歩くとオフィス街に抜けることができる。オフィス街の正月はもちろんしーんと静まり返っていて、ときどき通り過ぎるクルマの音が、懐かしく、悲しく聞こえることがある。
まるでゴーストタウンのようなんだけれども、もしかして、何年後か、何十年後かの東京って、本当にこんな感じになるんじゃないだろうか?っていう危惧が、フッと頭をかすめる。
いつまでも同じものはなく、みんな年を経てかわっていくものばかりだ。人も、モノも、場所も。それはわかっていることなのだけれども。
結局、ぼくらはその変転の中でも、特に経済に限れば下り坂の変転の中にあるらしい、ってのは、よくわかる。そういう変転のきざしがあちこちにある。維持するお金が出てこないから、インフラがどんどん古く、さびれていく。やがて夜には、いまは煌々と輝く街路灯もそのほとんどの灯が消されるかもしれない。
正月だけの東京ゴーストタウン。
それがごく近い将来の東京の姿にならないとは、誰も保証できない。
投稿者 nori-m : 23:44 | コメント (0) | トラックバック
2005年01月01日
あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。本年もよろしく御願い申し上げます。
などと、通り一遍の挨拶って、悪くないよね。