メイン | 新宿のクリスマス »

2004年12月21日

日本人のラテン音楽

Getty Center.jpg

今村夏海さんという15歳のアルパ奏者がCDデビューした。アルパというのはラテンの音楽で使われるハープのような楽器なのだが、これが難しい。なのに、6歳の頃からアルパを弾いていたという彼女は、その年齢を感じさせない素晴らしい音を聞かせてくれる。

「太陽の乙女たち」などという、テクニックが必要で、かつ複雑な構成のアルパの曲を難なく弾きこなす。それだけではなく、音1つ1つに、その年齢相応の若さと張りを感じさせるだけではなく、音そのものには、年齢不相応な「艶」さえ見せる。ほとんど未熟な音、不足な音を感じさせない。

もっとも、全体を通して聞くと、その音の初々しさゆえに、ある意味「悲しみ」の表現もまた重要な意味を持つ「ラテン」の音楽には、いまひとつ「明るすぎる」ところを聞かないわけにはいかないが、これを今の彼女に望むのは、やはり無理というものだろう。これはこれから彼女が経験するであろう年月だけがそれを解決する。

楽器を奏でる奏者はどんな分野でもそうだが、ピアノでさえ、「ポーン」と弾くその最初の1つの音だけで、その人の技量や経験さえも伝わるものだ。今村夏海のアルパは、その最初の一音の張り、艶、が1曲の全編に、はちきれんばかりにあふれている。

日本の音楽が失った「純粋な音楽の楽しみ」を聞きたいのであれば、今村夏海のアルパをいちどは聞いてみることをおすすめする。純粋なラテンの音楽でありながら、日本の環境に育った彼女の奏でるラテンは、どこかでラテン音楽についてまわる「泥臭さ」が、いくぶん抜けていて、ラテンを知らない人にも、最初から非常に聞きやすい音楽になっている。

ラテンの音楽を知らない人も、彼女のこのCDでラテンにはまることを保証する。もちろん、音楽はライブが一番いいのだけれど、ね。

しかし、ニューヨークでサルサをやっている「オルケスタ・デ・ラ・ルス」にしろ、今村夏海にしろ、日本人でなぜかあのマイナーな音を含んだラテンにはまる人が多い。そして、本場顔負けのラテンを聞かせてくれる音楽家が多い。なぜだろう?そういえば、うちの死んだ父親もラテンの音楽を、クラシックの曲を聴く合間に好んでよく聞いていたことを思い出す。

投稿者 nori-m : 2004年12月21日 00:14

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.mita.minato.tokyo.jp/mt-tb.cgi/32

コメント